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秋田地方裁判所 昭和57年(行ウ)2号 判決 1991年2月01日

原告

白沢幸子

右訴訟代理人弁護士

沼田敏明

虻川高範

被告

大館労働基準監督署長白土竹志

右指定代理人

今泉秀和

大島真彰

佐藤卓爾

福田庄一

草薙秀雄

渡部豊

堀内利郎

渡辺進

石田洋

小玉正敏

主文

一  被告が、原告に対し、昭和五四年四月一六日付でなした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の亡夫白沢勝二(以下「勝二」という。)は、四戸電気工事店に電気工として稼働していた者であるが、昭和五三年一二月二九日午後四時二〇分ころ、秋田県鹿角市十和田毛馬内字高田において、電気供給工事を電柱上の地上約一〇メートル付近で作業中、突然左手、左足をだらりとして具合が悪くなり(以下「本件発症」という。)、鹿角中央病院に搬送されたが、翌三〇日午前二時三五分、同病院で死亡した。

2  原告は、昭和五四年二月一六日、被告に対し、勝二の死亡は業務上の傷害に起因するものとして、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償金及び葬祭料の請求を行ったが、被告は、同年四月一六日、勝二の死亡は業務上の災害によるものではないとして、右各給付をしない旨処分(以下「本件処分」という。)をした。

原告は、本件処分を不服として秋田労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが、昭和五五年五月一日、右請求を棄却され、更に労働保険審査会に再審査請求をしたが、昭和五六年一一月二〇日、右請求を棄却する旨の裁決を受け、右裁決書は、同年一二月二六日、原告に送達された。

3  しかしながら、勝二の死亡は、以下に述べるとおり、業務上の傷害に起因するものである。

(一) 勝二の受傷

昭和五三年一二月二七日午後一時半ころ、鹿角市十和田毛馬内字押出八三番地内の四戸電気工事店作業場において、大森要太郎がトラックからクレーンを使用して大型の木製電柱二、三本(合計一五〇キログラム)を巻き上げたところ、ワイヤーの巻き過ぎのためワイヤーが切れ、約三メートルの高さから電柱及び金車のついたフック(約三〇・八キログラム)が落下した。このとき、吊り上げた電柱の真下で中腰でうつむいてコンクリート柱に通すアース線の紙の皮むき作業に従事していた勝二の頭部、顔面に、切断した右ワイヤーの先端又は落下してきたフックが当たり、勝二は頭部及び顔面に傷害を受けた。

(二) 受傷後から発症当日までの勝二の状況

勝二は、同日帰宅後、原告に頭痛を訴え、毎晩二合程飲む酒も当日はコップに三分の一程飲んだだけで、食事もうどんを少し食べただけであった。勝二は午後八時半ころには床に入ったが、頭痛や首のあたりのしびれを訴えたため、原告が勝二の後頭部から首筋にかけてさすってやったところ、勝二の右肩に手拳大の赤く腫れた引っ掻いたような傷があった。勝二は頭痛等のため一晩中眠れない状態であった。

勝二は、毎朝六時ころ起きるが、翌二八日には起きてこなかったので、原告が午前七時半ころ起こしたところ、勝二は頭痛を訴え、傷が痛むと言って顔も洗わず、食事もしないまま仕事に出かけた。勝二は同日午後六時半ころ帰宅したが、酒を一口飲んだが食事は取らなかった。また、勝二は昼食用の弁当も御飯二口分位しか手をつけていなかった。

翌二九日の朝も勝二は頭痛を訴え、食事もせず仕事に向かった。

(三) 発症前後の勝二の状況

勝二は、同日、鹿角市十和田毛馬内字高田において電力供給工事に従事していたが、午後四時半ころ、胴縄をつけて電柱に昇り、地上一〇メートル位の場所で他の電柱との間に高圧線を架線する工事をしていたところ、前記1項のとおり様子がおかしくなり、同僚がロープを使用して勝二を電柱から降ろし、近くの民家で休ませたが、勝二は電柱上で尿を失禁しており、頭痛を訴え、発汗し、右手でしきりに後頭部から頸部をさすっていた。

(四) 入院後死亡までの勝二の状況

勝二は、同日、救急車で搬送され、鹿角中央病院に入院した。入院時の勝二の血圧は二四〇/一二〇mmHgであった。

原告が、同日午後六時一五分ころ、同病院に赴くと、勝二は、左腕の点滴を痛いと言って右手ではずし、両足をこする様に動かし、頭痛を訴え、トイレに行きたいと言って起き上がろうとしたが起きられなかった。原告が一旦自宅に帰り再び午後八時ころ同病院に赴くと、勝二は点滴をしているとき暴れたり、暑いと言って胸のところにかけたバスタオルを両手で持ってあおいだりしており、この時点では両腕に運動障害はなく、意識もはっきりしており、その後も容態は落ち着いていたが、翌三〇日午前一時半に至り、急にコーヒー色の大量の痰を吐き、全身青黒く変色し、そのまま死亡した。

(五) 業務起因性

(1) 勝二の死亡原因

勝二は外傷性急性硬膜下血腫の特殊型により死亡したものである。

佐藤公典作成の鑑定書によれば、勝二の外傷後の頭痛、著明な食欲の減退並びに入院時の頭痛、強直、けいれん発作、興奮状態、あるいは一時期麻痺の程度が改善したことや、意識障害が進行する前は完全麻痺になっていなかったことなどの諸症状を考察すると、勝二の直接死因が高血圧性脳出血とすれば多くの矛盾点があるのに対し、外傷性急性硬膜下血腫の特殊型とみた場合はほとんどすべての点で矛盾なく説明可能とされている。したがって、勝二の直接死因については高血圧性脳出血の可能性は否定され、勝二は本件外傷により生じた外傷性急性硬膜下血腫の特殊型により死亡するに至ったものであり、右勝二の外傷が業務上の傷害であることは明らかであるから、勝二の死亡原因について業務起因性が認められる。

(2) 仮に、勝二の直接死因が本件外傷によるものでないとしても、勝二は本件外傷による外傷性くも膜下血腫若しくは慢性硬膜下血腫の初期症状による頭痛、頭蓋内圧(脳圧)亢進及びそれらのストレスによる血圧上昇などの結果、作業中に脳内出血が発症し死亡するに至ったものであるから、本件外傷が脳内出血とその後の死亡に相当程度の関与があったことは疑いない。

ところで、疾病あるいは死亡が業務を唯一の原因とするものではなく、基礎疾病が原因となって疾病が悪化した場合又は死亡した場合であっても、業務が基礎疾病と共働原因となって基礎疾病を悪化させた場合又は基礎疾病を悪化させ死亡の結果を招いた場合にも業務上の疾病又は死亡として業務起因性が認められるものと解すべきである。

したがって、仮に、勝二の脳内に脳内出血の遠因となる血管異常や高血圧という基礎疾病があったとしても、本件発症は、基礎疾病の単なる自然増悪によるものではなく、業務上の本件外傷とその後の作業が前記のメカニズムを経て基礎疾病を憎悪させたのであるから、勝二の死亡が業務上のものであることは明らかである。

4  よって、勝二の死亡が業務外によるものであるとした被告の本件処分は違法であるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3(一)  同3の冒頭の主張は争う。

(二)  同3の(一)(勝二の受傷)については、勝二の頭部にワイヤー若しくはフックが当たり、頭部を受傷した事実は否認し、その余の事実は概ね認める。

勝二は、顔面の鼻の左下端に点状の擦過傷及び口唇部左側上下二箇所に指先大の擦過傷を負ったが、手当てをした後、再び平常と何ら変わることなく夕方まで作業に従事し、その間も別段異常を訴えるようなこともなく、受傷は極めて軽度のものであった。

(三)  同3の(二)(勝二の発症当日までの状況)については否認する。

勝二は、受傷の翌日も通常と何ら変わることなく出勤し、健康状態を問われたときも「別段異常がない。」旨答え、作業中における動作や会話等に普段と何ら変わったこともなく、また健康状態に異常を訴えることもなく終日作業に従事していた。

翌二九日も勝二は、発症までは平常と異なることなく作業に従事していた。

(四)  同3の(三)(発症前後の勝二の状況)については、概ね認める。

(五)  同3の(四)(勝二の死亡までの状況)については、勝二の入院、入院時の血圧、勝二の死亡については認めるが、その余の死亡までの勝二の状況については否認ないし不知。

勝二は、入院時左側不随、意識不明であり、医師による意識障害治療剤、降圧剤、脳細胞呼吸賦活剤等の投与、酸素吸入により一時意識が回復し、頭痛を訴えたが、まもなく意識不明、興奮状態となり、尿失禁を来たし、けいれんが起こり、降圧剤を注射しても血圧は降下せず、死亡するに至った。

(六)  同3の(五)(業務起因性)の事実は否認し、その主張は争う。

4  業務起因性について

(一) 勝二の死亡原因について

勝二は、非外傷性の脳内出血により死亡したものである。

すなわち、勝二の負った傷害は、顔面の鼻の左下端に点状の擦過傷及び口唇部左上下二箇所に指先大の擦過傷という軽微なものであり、勝二は受傷後も異常を訴えることもなく、受傷後二日間にわたって普段と何ら変わることなく作業に従事していたこと、ところが勝二は就労中突然片麻痺が発症し、入院時の血圧も二四〇/一二〇mmHgと高く、発症後一〇時間で死亡するに至ったこと、などの経過からは、勝二の死亡原因は、高血圧性の脳内出血の蓋然性が高いと考えられ、このことは佐藤公典医師を除く他の五人の医師すべてが本件発症の原因を非外傷性の脳内出血と判断していることとも一致しており、本件発症の原因は、非外傷性の脳内出血に基づくものと考えるのが相当である。

佐藤公典作成の意見書及び同人の証言によれば、本件発症の原因は、高血圧性脳出血ではなく、外傷性急性硬膜下血腫の特殊型であるとしているが、同人が高血圧性脳出血を否定する根拠はいずれも理由のないものであり、本件片麻痺発症後の経過が硬膜下血腫一般にみられる症状に妥当するとしても、それは脳内出血と考えた場合にも妥当するのであり、硬膜下血腫の蓋然性が高いとする根拠とはなり得ない。また、同人は、勝二が本件受傷後意識傷害もなく二日間就労し、突然片麻痺が出現した点を、通常の外傷性硬膜下血腫では説明できないため、その特殊型を持ち出しているが、文字どおり特殊なものであり、その症例は非常に少ないのであるから、そのように結論づけるためには、慎重な検討と明確な根拠に基づくことが必要であるところ、そのような論証をしないまま、硬膜下血腫一般の議論により、右のように結論づけている。同人の証言及び同人作成の意見書は信用することができない。

(二) 本件受傷と本件発症との関係について

業務起因性が認められるには、条件関係があることを前提とし、更に相当因果関係が存在することが必要であるが、業務が他の危険因子と共働原因になっているときには、業務が他の原因に比べて相対的に有力な原因であると認められることが必要である。

ところで、右(一)で述べたとおり、勝二の受傷の部位、内容、程度、その後の二日間の客観的に認められる作業状況に照らして、本件外傷が脳内出血発症の相対的有力原因であるとは認め難く、むしろ脳内出血は外傷とは無関係に発症した可能性が極めて高いというべきである。

鑑定人中島健二作成の鑑定書及び同人の証言は、本件外傷により頭蓋内圧(脳圧)が亢進し、頭痛が生じ、それがかなりのストレスとなり、脳圧上昇により血圧が上昇し、ストレスが血圧上昇に拍車をかけ、このことが頭蓋内病変の成因に相当程度かかわったと結論づけているが、その推論の方法、外傷の内容の捉え方、頭痛の有無、程度の検討内容には問題があり、その推論結果は外傷後の二日間に亘る客観的な作業状況とも整合性を欠いているので信用性に乏しいものというべきである。

(三) 以上により、勝二の死亡原因は業務に起因して発生したものではない。従って、労働者災害補償保険法にいう業務上の事由による死亡に該当しない。

よって、被告が原告の保険給付の請求に対し、これを支給しない旨の決定をしたことは適法である。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1及び2の事実については、当事者間に争いがない。

二  そこで業務起因性について判断する。

1  本件受傷から死亡するまでの勝二の状況について

右当事者間に争いのない事実、(証拠略)の結果によれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一)  勝二は、昭和一四年一〇月五日生まれで、特に既往歴等はなく、本件負傷までは特に身体の異常等を訴えることもなかった。

(二)  昭和五三年一二月二七日午後一時半ころ、秋田県鹿角市十和田毛馬内字押出八三番地内の四戸電気工事店作業場において、大型運搬車等から電柱の荷おろし作業に従事していた大森要太郎が道路上に止めてあった建柱車クレーンを使い大型の木製電柱二、三本を巻き上げたところ、ワイヤーを巻き過ぎたためワイヤーが切れ、約三メートルの高さから電柱及び金車のついたフックが落下し、このとき、つり上げた電柱の真下あたりで、ヘルメットをかぶり、中腰でうつむいてコンクリート柱に通すアース線の紙の皮むき作業をしていた勝二の顔面に、切断したワイヤーの先端若しくはフックが当たった(ただし、程度、態様等は証拠上認定することができない。)。そのため、勝二は、外見上、顔面の鼻の左下端に点状の擦過傷及び口唇部左側上下二箇所に指先大の擦過傷の傷害を負った。四戸由博は、勝二に「病院に行くか」といったが、勝二は、工事事務所二階に上って傷の手当てをした後、一緒に作業していた同僚に大丈夫である旨告げ、再び平常と何ら変わることなく作業に従事し、その間も別段異常を訴えるようなこともなく、受傷の翌日も通常と何ら変わることなく出勤し、上司から健康状態を問われたときも「別段異常がない。」旨答え、特別健康状態に異常を訴えることもなく、終日戸外で電線の移線等の作業に従事し、翌二九日も、勝二は発症までは平常と異なることなく戸外で電柱を立てるなどの作業に従事した。

なお、勝二が、右事故の際、その身体、特に頭部及び顔面にいかなる打撃を加えられたのか、四戸をはじめ勝二の同僚すべてが「見ていなかった。」と証言しているため証拠上具体的に認定することはできない。しかしながら、少くとも勝二は、外見上前記の傷害を負っており、しかも後述するとおり、帰宅後、頭痛等の身体的異常を訴えている。このことからして、まともにフックが勝二の頭部、顔面に当たったとは認定できないものの、右身体的異常を生ぜしめるような打撃が加えられた、すなわち異常を生じさせるような物体が、異常を生じさせうるような部位に当たったと少くとも認定することが可能である(以下、顔面の擦過傷も併せ右の意味での負傷を「本件外傷」という。)。

(三)  しかしながら、勝二は、自宅では、受傷した同月二七日、帰宅後原告に頭痛及び気分が悪いと訴え、原告が見ると前記外傷の他に鼻の中に血の固まりがあり、毎晩二合位飲む酒も当日はコップに三分の一位飲んだだけで、食事もうどんを少し食べただけであった。勝二は、気分が悪かったためか、同日午後八時半ころには床に入ったが、頭痛や首のあたりのしびれを訴え、一晩中眠れない状態であり、翌二八日、毎朝六時ころ起床する勝二が起きてこないため、原告が午前七時半ころ勝二を起こしたところ、勝二は依然頭痛や気分が悪いと訴えていた。勝二は、同日午後六時半ころ帰宅したが、酒を一口飲んだだけであまり食事をせず、昼食用の弁当もご飯二口分位しか手をつけておらず、この日も早目に床に入ったが、よく眠れない状態であった。翌二九日の朝も勝二は頭痛を訴えたが、そのまま仕事に向かった。

なお、被告は原告の供述内容は、勝二は受傷後も普段と変わることなく仕事をしていたという客観的事実に矛盾するもので作為に満ちており信用できないと主張しているが、外見的に異常が見られないということのみで右のような身体的異常がなかった旨直ちに速断することはできない。原告の供述中、勝二が食事を全くしなかったという点はそのまま採用することはできないものの、頭痛及び著しい食欲減退などの身体的異常があったとの点については、その信用性を否定するような事情はなく、むしろ、勝二の最も近くに居て生活していた者の供述として十分に信用することができるというべきである。

この点につき、被告は、勝二と一緒に仕事をしていた同僚の証言(すなわち、「勝二は受傷後も外形上は平常どおりに勤務していた」との証言)を根拠に、原告の供述の不自然性を指摘する。しかし、これら勝二の同僚の証言を本来の証拠価値以上に過大に評価することは相当ではない。たしかに、原告は勝二の妻であり、本件の原告であるから、自己に有利な供述をなすべき動機と立場を保有し、一部には誇大な供述と評価すべき点もあるけれども、同時に、証人四戸由博の証言、本件弁論の全趣旨によれば、四戸電気工事店の事業主である四戸由博は、本件事故が労災事故と認定されることにより、元請である東北電気工事株式会社から受注すべき工事の指名から外されることを恐れていたこと、従って、勝二の受傷とその死亡との間に因果関係があるものと認定されることについては、極力消極的たらざるを得ない動機、立場を保有していたことが明らかであり、同人に雇用され今後の生活を維持していくしかない筈の勝二の同僚達が、経験則上、雇用主に不利益な証言をすることを多くの場合期待できないことも明らかである以上、右の勝二の同僚達の証言は、勝二が受傷後、外形上は格別の異常を示してはいなかった(或いは、仮に何らかの異常があったとしても気付かなかった)という限度では一応措信し得ても(本件工事現場には四戸や勝二の同僚達しか居なかったので事柄の性質上、右同僚達の証言を覆す程の証拠はない。しかし、四戸は、受傷後、勝二に「病院に行くか」と聞いたことは自認しているので、勝二がその限度での何らかの異常を示していたことも明らかである。)、彼らが知る筈のない原告らの家庭生活の中での勝二の行動と状況に関する原告の供述の信用性を否定してしまう程の信憑性を有するものとは到底評価し難いからである。

(四)  同月二九日(なお、この日の気温は最高で零下四・一℃であった。)、勝二は、鹿角市十和田毛馬内字高田において、電柱上で電線の架線作業に従事していたが、午後四時半ころ、胴縄をつけて電柱上の地上約一〇メートルの場所で他の電柱との間に高圧線の架線工事をしていたところ、腕及び足をだらりとさせ、突然具合が悪くなったため、同僚がロープを使用して勝二を電柱から降ろし、抱きかかえて、近くの民家に連れて行き休ませたが、勝二は電柱上で尿を失禁しており、頭痛を訴え、発汗し、右手でしきりに後頭部から頸部にかけてさすっていた。

(五)  勝二は間もなく救急車で搬送され、鹿角中央病院に入院した。入院時、同病院の医師の所見では、血圧二四〇/一二〇mmHg、左側不随、意識もはっきりしない状態であり、同医師は脳内出血の疑いがあるとして、意識障害治療剤、降圧剤、脳細胞呼吸賦活剤等の投与、酸素吸入等の治療を行った。治療の結果、勝二は一時意識が回復し、頭痛を訴え、左腕になされた点滴を痛いと言って右手ではずしたり、暑いと言って胸のところにかけたバスタオルであおぐなどしたが、依然左上下肢の運動はにぶく、興奮状態を呈していた。勝二は、翌三〇日午前零時になり、時々吃逆を生じ、血圧は二五〇/一二〇mmHgを示し、興奮状態は消失し、午前零時四五分には容態が急変し、心マッサージ、呼吸中枢刺激剤の注入を受け、一旦軽快したかにみえたが、午前一時三〇分ころに少量の、午前二時三〇分ころには多量のコーヒー様残査物を嘔吐し、午前二時三五分死亡するに至った。

2  勝二の本件発症原因

まず、勝二の本件発症の直接の原因につき検討する。

原告は、佐藤公典作成の意見書(証拠略)及び同人の証言に基づき、本件発症の原因は、外傷性急性硬膜下血腫の特殊型によるものであると主張しているが、後述するとおり右証拠の信用性は十分ではなく、本件発症か外傷に基づくものであることを完全には否定できないものの、本件発症の原因が外傷性硬膜下血腫の特殊型であるとまでは認めることはできない。

被告の主張するとおり、前記四戸由博、成田聡及び白沢進栄の各証言を総合すると、勝二は高血圧気味であった可能性が高いこと、前記認定のとおり入院時の血圧が二四〇/一二〇mmHgであったこと、突然の左片麻痺の出現、数時間後意識障害が進行し、片麻痺出現後約一〇時間後に死亡という経過を辿っていること、(証拠略)によれば、頭蓋内出血が生じた場合非外傷性の脳内出血の発生頻度が最も高いこと、本件受傷後激しい頭痛及び食欲減退がみられるが、一応仕事には普段と変わりなく従事していること、(証拠略)(医師寺田昭夫作成の意見書)、(証拠略)(医師佐藤進作成の意見書)、医師林成章の証言、医師中島健二の鑑定結果及び同人の証言、医師新妻博作成の意見書(証拠略)及び同人の証言などを総合すると、本件発症の原因は非外傷性の脳内出血(そのなかでも高血圧性に基づくもの)である蓋然性が高いものと考えざるを得ない。

すなわち、右佐藤公典作成の意見書及び同人の証言は、高血圧性脳出血を否定する根拠として、<1>被殻出血では意識障害が進行する以前に弛緩性の完全片麻痺の状態となるが、本件では意識障害が進行する以前に左上肢の弛緩性の高度の麻痺があったとはみられない、<2>視床出血の場合、発症時に知覚障害が先行することが多いが、本件では知覚障害が先行することなく左片麻痺が発症している。<3>高血圧性脳出血では一般にせん妄状態を呈することは少ないが、本件ではせん妄状態、興奮状態が続いている。<4>脳内出血の場合、頭蓋内圧を軽減する処置を行わない限り麻痺の程度が軽減することはないが、本件ではそのような処置がなされていないのに、原告の「勝二は、暑いといってバスタオルを両手で持ってあおいだ。」との証言から一時的に麻痺が軽減したと認められるなどの点をあげ、外傷性硬膜下血腫とする理由として、<1>受傷していること、そして受傷後二日間の頭痛及び著明な食欲の減退、<2>頭痛の程度が軽くなかった、<3>発症後の麻痺の程度の改善、<4>けいれん発作が出現しているが、硬膜下血腫の方が出現頻度が高い、<5>意識障害が高度に進行する以前に完全麻痺には至ってはいない、<6>興奮状態が二、三時間持続しているなどの点をあげている。

しかしながら、高血圧性脳出血を否定する根拠として述べているところは、いずれもその根拠としては十分でなく、外傷性硬膜下血腫とする理由として述べている症状は、そのほとんどが脳内出血とした場合にも妥当する症状であって、外傷性硬膜下血腫の方がより考え易いという所見はなく、他方、外傷性硬膜下血腫では説明できない症状については明確な根拠のないまま特殊型と結論づけており直ちに信用することはできないものと言わざるを得ない。すなわち、同人は、この通常の外傷性硬膜下血腫では有り得ない受傷後二日たっての突然の発症という点を説明するためにその特殊型を持ち出しているのであるが、右は文字どおり特殊なものであり、その症例は非常に少ないのであるから、そのように結論づけるためには、慎重な検討と明確な根拠に基づくことが必要であるところ、そのような論証のないまま、硬膜下血腫一般の議論により、右のように結論づけているに過ぎない。

従って、同人の意見書並びに証言を根拠として、原告主張のような本件発症の原因を認定することはできない。

3  本件外傷が本件発症に与えた影響

(一)  本件において、勝二が業務に従事中受傷したものであることは当事者に争いがない。ところで、勝二の死亡が労働者災害補償の対象となるためには、本件外傷と本件発症との間に相当因果関係の存在することが必要である。右の相当因果関係があるというには、負傷が発症の直接の原因である必要はなく、労働者に疾病の基礎疾患ないし素因がある場合に、その基礎疾患等によって発症した場合でも、当該負傷が、基礎疾患等を刺激して、基礎疾患の自然的変化に比べ、急速に右疾患等を増悪させて発症の時期を早めた場合、又は基礎疾患と共働原因となって死亡の原因となった疾病を発症させたと認められるときには相当因果関係を肯定するのが相当であるから、以下、本件外傷が本件発症に与えた影響について検討する。

ところで、本件では解剖も行われておらず、診療記録の記載も不十分であるなど医学的資料が極めて乏しく、これを反映して医師である各証人の証言ないし意見も一致せず、本件外傷が本件発症に与えた影響の有無、程度、その機序等につき必ずしも厳密な医学的判断をなし得ない状況にある。しかし、右の点につき厳格な医学的判断の立証を原告に負わせることは、労働者の業務上の事由による死亡等につき公正な保護をするために保険給付を行うことを目的として制定された労働者災害補償保険法の趣旨に照らして相当とはいえない。のみならず、相当因果関係の有無は医学的な判断そのものではなく、あくまで法的判断であるから、医学的知見の助力が必要であるにしても、諸諸の知見が対立し、厳密な医学的判断が困難な場合は、与えられた医学的知見の枠組みの中で、基礎疾患の有無、程度、本件外傷の程度、本件外傷の前後の被災者の身体的状況等総合的に考慮して、右に述べた意味での相当因果関係が認められるか否かを判断すべきものである。

そこで、以下、この見地から本件外傷が本件発症に与えた影響につき検討を加えていくことにする。

(二)  本件発症の原因からして、勝二に何らかの基礎疾患が存在していた可能性は高いが、勝二にはこれまで既往歴、入院歴等はなく、本件外傷までは特に異常を訴え、医者の診察を受けたこともなかったこと、勝二は三九歳で発症したことになるが、前記新妻証言によればこのような若さで発症するのは稀であることなどからして、本件発症は基礎疾患の自然増悪である蓋然性はそれほど高いものではないと認められる。他方、前記認定のとおり、勝二は、受傷した日、帰宅後原告に頭痛及び気分が悪いと訴え、ほとんど食事、晩酌をしないまま、早めに床に入ったものの、一晩中眠れない状態であり、翌日、翌々日も頭痛、食欲減退及び不眠などの身体的異常を呈している。これは、本件外傷前にはこのような異常が見受けられなかったことからして、本件外傷に基づくものと考えられる。そして、本件外傷前は基礎疾患による異常が見受けられなかったにもかかわらず、本件外傷後は、これに基づくものと考えられる身体的異常が継続し、本件外傷の二日後に発症に至っている。右のとおり、本件外傷の以前には特に異常がなかった、本件外傷、これに基づく著しい身体的異常、その継続(しかし、その身体的異常は外形上通常の業務を可能ならしめる程度のものであったが)、そして発症という事実経緯は、医学的知見により医学的因果関係が完全に否定される場合は別であるにしても、社会通念上、本件外傷が本件発症に影響していると十分に疑わせるものといえる。また、このような身体的異常を押しての寒い戸外での作業は生体にとってかなりのストレスとなったことは容易に推認しうること、一般的にストレスは基礎疾患を増悪させうるものであることなどの点も総合すれば、本件発症は基礎疾患の自然増悪ではなく、外傷により急激に基礎疾患が増悪して引き起こされた蓋然性が高いものと推認することができる。

右推論は、医学的知見に矛盾するものではない。すなわち、中島健二の鑑定結果及び同人の証言(以下「中島意見」という。)は、本件外傷後の頭痛は単なる打撲的な痛みではなく、牽引痛すなわち頭蓋内に生じた異変に対応する痛みであり、この頭痛の原因として、外傷性くも膜下血腫若しくは慢性硬膜下血腫の初期状況のいずれかが考えられる、そして、そのいずれであるにしても、正常の状態に比し頭蓋内圧(脳圧)が亢進しており、しかも頭痛の存在により生体にとってかなりのストレスになっており、脳圧の亢進及びこのストレスが血圧の上昇に拍車をかけ、本件発症が引き起こされたもので本件外傷が本件発症に相当程度影響を与えたものと考えられるとしている。これに対し、新妻博作成の意見書及び同人の証言(以下「新妻意見」という。)は、右中島意見の本件外傷から発症までの機序、本件外傷が本件発症に相当程度影響を与えたとの結論に対しては、批判的で、必ずしも外傷との因果関係を強調しなくとも十分説明しうるものであり、この時期に発症してもおかしくない状況にあったと考えられる旨の見解を述べているが、基礎疾患が自然増悪により発症するに至るまでに進展していたことを示す医学的な資料はなく、あくまで印象に過ぎないことは同人の自認するところであり、同人が右のような結論を出しているのは、原告の証言の信用性に疑問を抱き、外傷後の勝二の身体的状況についての事実認識の違いに起因するところ大であると考えられるところ、その認識が異なれば自ずと結論を異にする可能性もあり、右推認を覆すに足りるものではない。のみならず、右のような認識の下においても、本件外傷が発症の契機として作用した可能性についてはある程度考慮する必要があり、多少ではあるものの本件外傷が本件発症に影響を与えた可能性はあるものとしているのである。中島意見も医学的資料が乏しい状況にしてはその推論が大胆であり、断定のし過ぎである箇所もあり、その見解を全面的に採用することはできないが、新妻意見とも併せ考察すれば、少なくとも本件外傷は本件発症に影響を与えうるものであったことは医学上も肯認できるものと認められるのであって、右推論はこのような医学的知見に矛盾するものではないといえる。その他、本件外傷と本件発症の影響を否定する(証拠略)は、勝二の身体的異常に対する認識を全く欠いているものであるから、右推論を覆すに足りるものではない。

(三)  以上のとおり、本件外傷と本件発症との間には相当因果関係が認められるというのが相当であり、本件発症により勝二が死亡したことについては争いのないところであるから、勝二の死亡には業務起因性を認めることができる。したがって、勝二の死亡が業務上の事由によるものではないとした被告の本件処分は違法であり、取消しを免れない。

三  結論

よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を摘要して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秋山賢三 裁判官 加々美博久 裁判官 川本清厳)

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